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ゴルフが紳士のスポーツと言われる所以

社交場としてゴルフクラブの誕生

ゴルフの起源は諸説ありますが、遊びではなく競技として発展してきた背景は、クラブ競技を行うために13条のルールを定めた、スコットランドのリースに設立したザ・ジェントルマン・ゴルファーズ・オブ・リースが発端となります。

ザ・ジェントルマン・ゴルファーズ・オブ・リースを設立した人物の詳細はわかりませんが、一説にはフリーメイスンを中心として創られたと言われています。フリーメイスンはグランドロッジと呼ばれる制度で運営される友愛団体で、最初のグランドロッジは、1717年にロンドンで発足しています。

ザ・ジェントルマン・ゴルファーズ・オブ・リースが設立されたのが1744年となりますから、フリーメイスンとの関わりも否定できないところでしょうか。フリーメイスンとは石工の団体と言われていますが、今で言う建設関係ですので、建設関係の方のゴルフ好きは現在にも継承されているのでしょう。

イギリスの王侯がゴルフに関わっていたので有名なのがゴルフ禁止令でしょう。スコットランド王であるジェームズ2世によって発令されたとなっており、その後のジェームズ3世、4世と禁止令を出し続けましたが、ジェームズ4世は自らがゴルフ狂になったと言われています。

ジェームズ2世によって発令されたゴルフ禁止令は1457年と言われていますから、遊技としてのゴルフはイギリス本土で15世紀には盛んに行われていたと推測されています。

世界最古のゴルフコースと言われているのが、エディンバラ城の近くにあるリースにかつて存在したリース・リンクスです。

現在は公園になっているようですが、跡地の公園には記念碑があり5ホールの簡単なコースレイアウトと距離などを記した銘板が記念碑にはめ込まれています。コースレイアウトによりますと、5ホールとも距離が400ヤード台のホールで全長が2,221ヤードとなります。

1768年に結成された最古のゴルフクラブのザ・ジェントルマン・ゴルファーズ・オブ・リースは、リース・リンクスでプレーした後に近くのパブに集まっていたと言われています。その後、リース・リンクスにクラブハウスを建て社交場としてのゴルフクラブが誕生します。

クラブハウスを新築してジ・オノラブルカンパニー・オブ・エディンバラ・ゴルファーズと改名、日本語に訳せば”伝統あるゴルフの名士たちの名誉ある会”この重きある会が伝統を重んじるイギリスから広まったことが、ゴルフは紳士のスポーツとして根付いたのでしょう。

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ゴルフが競技として発展したのはボール開発?!

ボールの飛距離とコントロールによってプレーを進めるゴルフの発展は、ボールによるところが非常に大きいと言われます。

現在でもツアープロは選ぶボールによってクラブを変更したり調整します。トーナメント会場のドライビングレンジで練習する際には、各メーカーのボールが揃っていて、選手は自分が契約しているボールをチョイスできます。

上級者やツアープロにとってボールは非常に重要で、拘りがあります。タイガー・ウッズ選手ナイキと契約したときには、ナイキにはボールがなく現在でもウッズ選手が使用するブリヂストンからOEMで供給されていました。

ブリヂストンでボール開発していたのが、ロック石井氏。石井氏はその後ナイキに移籍し、ウッズ選手のボール開発担当となります。石井氏によれば、ウッズ選手のスピンコントロールとボール開発の際の要望の高さには驚いたようです。ナイキはゴルフ用具・用品から撤退し、現在、石井氏はキャロウェイでボール開発を行っています。

ロック石井氏が描くゴルフボールの未来は、ツアープロが現在行っているフィッティングだそうです。個々のスイングや飛球がデータ化出来る時代となり、クラブフィッティングが身近になり、今後はその波がボールに訪れオリジナルのゴルフボールが作れる時代がやがてやって来るそうです。

歴史を振り返ると1612年に登場したフェザリーボールでゴルファーはボールを飛ばすことを覚えたでしょう。フェザリーボールはオランダで職人が手作業で製造してスコットランドに輸出していたと言われています。このボールは現在で言うコアの部分はガチョウとアヒルの羽毛でカバーは牛革です。

ゴルフクラブは当初1本のムクの木からの削りだしで、シャフトとヘッドは一体型であったがフェザリーボールの登場により、ヘッドはりんご、もも、バラなどの木が使用され、シャフトはトネリコで結合してクラブとしていたようです。

現在のボールのようにゴム製のボールが開発されるまでの200年以上に渡り、ゴルファーはこの高価なボールを200年以上使用しました。高価なボールしかないと言うことは、庶民が出来る遊びではなかったと言うことでしょう。

ガッティと言うゴム製のボールが誕生したのが、1848年と言われています。その後、ヒッコリーシャフトが誕生し、同時期にガッティの金型が出来て、ボールの量産が可能となり、フェザリーに比べ安価となりゴルフの普及に貢献したと言われます。

また、この頃から鉄製のアイアンが作られるようになり表面がつるつるだったボールに傷が付くことで飛ぶことが判明。スタンピングマシーンなる表面に傷をつける道具を熱心なゴルファーが所有していたと言われています。

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コバーン・ハスケルが開発したのは、糸巻き構造ボールの原型となるハスケルボールです。1899年に開発しアメリカで特許をとり、特許が終了する1915年までは独占販売だったようです。

その後には米英でボール開発が熾烈となり、1920年にはR&Aが初めてボールの規格を明文化し、1930年にはUSGAもボールの規格を明文化しました。

しかし、USGAはボールの大きさをハスケルボールの大きさである1.68インチ以上とし、先にルールに記したR&Aはガッティなどの伝統的なボールの大きさである1.62インチ以上としていました。

この仲違いが1990年の規格統一まで続くことになります。1970年代に当時、スモールボールラージボールと呼ばれていた2種類のボールが存在することに議論百出されましたが、R&AがUSGAに譲歩する形となり、大きさ1.68以上で統一されました。

日本国内でのゴルフボール製造は1930年からダンロップが、1932年にはブリヂストンが開発に着手します。

年々進化を続けるゴルフボールですが、廉価なものから高価なものまで様々。フェザリーボール時代はクラブの値段と同等と言われていましたので、その時代に比べればボール自体使い捨てとなりますが、ボールによって心の持ちようが変わるのは、今も昔も同じ。ゴルフの本質は時代が移り変わっても普遍ですね。

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